「傍観者であってはならない」ジャック・アタリ氏の警鐘とは?

「傍観者であってはならない」ジャック・アタリ氏の警鐘とは?
「アメリカに独裁体制が生まれる可能性はあり、そうなれば、世界の民主主義にとって非常に暗い時代になる」

こう話すのは、著書でロシアによるウクライナ侵攻を事前に警告していたことでも知られるフランスの思想家、ジャック・アタリ氏です。

“知の巨人”とも言われるアタリ氏が私たちに鳴らす警鐘とは。

(国際部記者 野原 直路)

ジャック・アタリ氏とは?

1980年代に30代後半でフランスのミッテラン大統領の補佐官となり、東西ドイツ統一の対応などに奔走。
旧共産圏だった東欧の国々などの経済復興を支援する欧州/ヨーロッパ復興開発銀行(EBRD)の初代総裁を務め、EU・ヨーロッパ連合設立の「影の立役者」としても知られています。
来日中のアタリ氏に、地域紛争や気候変動など混迷を深めるいまの世界をどう見ているのか、私たちがとるべき行動とは何か、尋ねました。

(以下、ジャック・アタリ氏の話。インタビューは都内で4月16日に行いました)
Q ウクライナと中東で2つの戦争が続く一方で、ことしはアメリカはじめ各国で大きな選挙も続きます。私たちはいまどのような時代を生きているのでしょうか?

私たちはいま、猛スピードで走る車が道から飛び出し、どんどん道から外れていっているような状況にあります。

今あなたが挙げた紛争のほかにも、各地で戦争が起きています。
状況は更に深刻です。気候の温暖化が現実に起きているという事実が、あらゆる証拠から明らかになっています。

温暖化は予想よりも加速していて、制御不可能な状況になっているのかもしれません。

ですから2024年は、私たちが乗っている「車」がどんどん道から外れていく年になるでしょう。

「車」に乗っている人たちは、シャンパンを飲み、何が起きているかもわかっていない、そんな状態です。

いますでに制御不能なのではなく、まだ制御は可能ではあります。しかし、徐々に、制御しにくくなっているのだと思います。
Q 各地で起きている戦争はより大きな戦争に発展するおそれもあるのでしょうか?

まず「北(西洋、欧米)」対「南」という争いの構図があります。この構図はいま起きている3つの戦争で、見られているものです。

1つ目はウクライナ侵攻における「西洋」対「ロシア」の対立。

2つ目は中東における「西洋」対「南」の対立。

3つ目は「台湾」対「中国」で、これも「西洋」と「南」の紛争です。
その他にも規模は小さくとも、アフリカ、インドなど、あちこちで同じような構図の紛争が起きています。

懸念すべきは、これらが「世界的な争いの一部」だと多くの人が考え始めることです。

懸念されるのは、イランが今よりもあからさまにロシアを支援し、ロシアが今よりもあからさまにイスラム組織のハマスを支援すること、さらにロシアがアメリカに対抗して、中国を台湾問題でも支援するようになることなのです。

私は10年前に、いまウクライナで起こっている戦争を予測しました。アジアでの紛争も、同様に予測をたてました。

理由は単純です。どのケースにも当てはまる、普遍的な法則があるからです。

隣り合う2つの国家があり、文化的に極めて似ていながら、一方が独裁国家で他方が民主主義国家だったとします。

この場合、独裁国家は民主主義国家に対して戦争を起こさずにはいられなくなります。なぜなら、民主主義国家が独裁者を打ち倒すような思想を、独裁国家の国民に吹き込む可能性があるからです。

この法則は、歴史の中で何十回も見られてきました。
ロシアとウクライナの間で戦争が起こるのは、避けられないことでした。権威主義国家の中国と台湾の間での戦争も、避けられないかも知れません。地球上の他の場所でも、このような脅威をはらんでいる地域があります。
Q イランとイスラエルとの衝突、パレスチナのガザ地区での争いなど、中東の緊張は鎮めることはできるのでしょうか?

イランが今回(イスラエルへの報復攻撃で)一線を越えたのは、自身の「代理勢力」を使わずに、自らイスラエルに攻撃をし始めた点です。※1
ただし、イランの体制は非常にぜい弱で、国民からの支持もありません。イランの女性たちの勇気には驚嘆します。彼女たちは現体制の立場を確実に追い詰めているからです。※2
ただイランの現体制が存続する限り、「イスラエル打倒」という目標の元に、国民を一致団結させようとするでしょう。

これは西側諸国を打倒するということと同じです。イスラエルは「西側の象徴」なのです。

現体制が続く限り、西側諸国への憎しみがイスラエルに対する憎しみへと凝縮されていくでしょう。

この先は、様々なことが考えられます。

イスラエルがイランの核施設を狙った攻撃をするかも知れません。サイバー攻撃があるかも知れません。イランの指導者を狙った暗殺が起こるかもしれません。あらゆる可能性があります。
一方で私はイスラエルの将来は、パレスチナ国家の樹立にかかっていると思います。

イスラエルが平和を手に入れるためには、パレスチナ国家が必要なのです。

イスラエルの内外で、パレスチナの国家がない方がイスラエルは強くなれると考える人がいますが、彼らは間違っています。それは、イスラエルにとって利益になりませんし、世界にとっても利益にならないのです。
Q 中国はアメリカと肩を並べる超大国になると思いますか?

私はずっと以前から、そうはならないと考えてきましたし、いまも同じ考えです。もちろん、間違うこともあるし、間違ったら素早く切り替える必要があるので、自分の考えや予測に固執しないように、気をつけていますが。
それでも、私は長年、中国は世界一の大国にはならないと言ってきました。まず、国内に人口や制度、環境、農業など、問題が山積しているからです。中国は文化的に見ても15世紀以降、超大国を目指したことは一度もありません。独裁的な体制のもとでは、市場経済の発展も非常に難しい。その証拠に、大企業は全て国の管理下に置かれました。エリート層の大部分が国を離れています。

一方で中国は、今後も世界一の海軍大国であり続け、2027年にはアメリカとの海戦に勝てるだけの力を持つでしょう。

また、デジタル、電気自動車、人工知能、レアメタル、先端的な産業などで、世界をリードしています。ですから非常に強い大国の地位は維持するものの、ナンバーワンになるとは思いません。なぜかというと、アメリカが今後30年は軍事大国であり続けるからです。

そして繰り返しますが、中国は自分を守る以上のことはまったく望んでいないのです。
台湾への野心は持ち続けるでしょう。中国にとっては、台湾は中国の一部なので。周辺環境を制御するために、朝鮮半島、ベトナム、もしかしたら日本もコントロールしようとするかもしれません。

しかし、中国はヨーロッパやロシア、インドに対して出来なかったように、アジア諸国に対しても自らの生活様式を押し付けることはできないし、望んでもいないのです。つまり中国はリージョナル=地域的な大国にとどまるのです。
Q ことし11月のアメリカの大統領選挙の争点や行方をどう見ていますか?もしトランプ氏が選挙に勝つと、世界にどのような影響が及ぶでしょうか?

選挙の争点が何になるか、現時点で私たちははっきりしたことはわかりません。なぜなら、最も重要なことは最後の数か月に決まるからです。中国やロシア、選挙の不正、候補者のどちらかの健康問題などかもしれません。
トランプ氏が勝利すると、非常に大きなリスクがあります。アメリカはドナルド・トランプだけに集約されるわけではありませんが、仮にそうなれば、アメリカは「民主主義の灯台」でなくなり、「灯台」を失った世界の民主主義は脅かされます。その時こそ、ヨーロッパや日本、その他の国々が「灯」を引き継がなければなりません。その意味で、欧州議会選挙も大変重要なのです。

アメリカが独裁体制になれば、世界中で民主主義は脅かされます。私は、常々アメリカが独裁体制を経験していない最後の国だと指摘してきました。

イギリスは17世紀に独裁がありました。フランスも複数回あります。日本もドイツも独裁体制を経験していますが、アメリカにはそれがありません。ですからアメリカに独裁体制が生まれる可能性はあります。そうなれば、世界の民主主義にとって非常に暗い時代になるでしょう。

しかし、長い歴史を見ると、最終的には独裁国家は長続きしません。それは、人々が自由を必要とするからです。国民は自由を望み、最終的に自由を手に入れるのです。
Q いま世界が真っ先に取り組むべき重要な課題は何だと思いますか?

緊急かつ重要なのは、気候変動問題です。今すぐ温室効果ガスの排出削減と炭素回収に取り組まねばなりません。さもないと地球の気温は、1.5度どころか、5度上昇するでしょう。
そうなった時に何が起きるか分かりません。歯止めの効かない変化が起こるかもしれません。したがって、鍵となるのは、二酸化炭素排出量の大幅な削減です。

私が「命の経済」と呼ぶものへの移行、つまり再生可能エネルギー経済の開発、水素の開発、生活スタイルの抜本的な改革です。人々が消費を減らす、修理やリサイクルをするなど、生活を大幅に変えるのです。こうした問題すべてを一つのビジョンに統一し、「命の経済」にまとめることが重要だと主張しています。

例えば日本は現在、GDPの50%以上を「死の経済」によって生み出しています。つまり、化石エネルギー、化学製品、化石由来の輸送、プラスチックを含む化石由来の繊維。日本は世界的なプラスチックの排出国です。人工甘味料、工業型農業もあります。
解決策は、こうした「死の経済」から「命の経済」に移行することです。2060年までに「命の経済」が日本のGDPの70%を占めるようにすることです。すでにこうした目標を掲げている複数の企業があり、それを国家の目標にもするのです。

私たち一人ひとりは「死の経済」由来の製品を一切消費しない、「死の経済」に関わる企業で働かない、資金を回す銀行にお金を預けない、支援する政党に投票しない、一方で「命の経済」を擁護する市民団体や組合に参加するなど、生活のあらゆる側面で取り組むのです。
Q 日本がいま取り組むべき課題は何でしょう?

日本の文明の素晴らしさには常々感嘆しており、日本の文化や生の概念、礼節、イノべーション、洗練は、絶えず世界中の社会にプラスをもたらしています。

ひとつだけ課題をあげるなら、女性の役割です。日本の女性は、本来あるべき地位を得ていません。
(女性の進出は)男性のためでもあります。女性が主導的地位やさまざまな職業にもっと進出すれば、いまよりずっと多くのものをもたらすでしょう。女性がもっと多くの仕事に就き、それが許されるようになれば、人口問題も軽減されます。私はそれが日本の主要な問題だと考えています。

いま世界を見渡しても、世界を変える最も活発な力は何かといえば、女性の力です。

前回アメリカ大統領選挙でトランプ氏の勝利を阻んだのは女性です。いまイランで闘っているのも女性です。イスラエルでネタニヤフ首相に対抗しているのも女性です。命のための、あらゆる闘いの最前線にいるのは女性です。女性の活動は、本質的に「命の経済」なのです。
Q 世界の行方について、あなたは楽観的ですか?悲観的ですか?

よくサッカーの試合に例えることがあります。試合を見ている観衆は、自分が応援するチームの勝敗について、悲観的になったり楽観的になったりするでしょう。日本チームが勝つのか、負けるのか、それを考えて楽観的になったり、悲観的になったりするわけです。
でも、もしあなたが選手だったとしたら、楽観的、悲観的であることは何の役にも立ちません。選手は何とかして勝とうとするだけです。そのために少しでも良いプレーをしようと努め、良いパートナーを得たり、一緒に戦略を考えたり、相手の戦略を理解しようとしたりします。

私たち一人ひとりは、人生においては傍観者ではなくプレーヤーなのです。ですから、楽観的にも悲観的にもなるべきではありません。ただ試合に勝つことを考えるべきなのです。

(4月20日 サタデーウオッチ9で放送予定)
国際部記者
野原 直路
2015年入局 新潟放送局を経て現所属
現在は欧州、ロシア、環境科学分野を担当