異例づくしの新社長 JALをどう率いるか

異例づくしの新社長 JALをどう率いるか
今月1日、日本航空の新社長に同社専務の鳥取三津子氏が就任した。女性トップは日本の航空大手では初。世界の航空業界でも数人しかいない。

さらに鳥取新社長は、日本航空と経営統合した航空会社の客室乗務員出身ということもあり、発表当時は異例ずくめの人事として驚きをもって受け止められた。

コロナ禍を経て航空業界をとりまく環境が変化する中、鳥取新社長は経営のかじ取りをどのように行おうとしているのか聞いた。
(経済部記者 樽野章)

御巣鷹の教訓を胸に

新社長に就任した鳥取氏は福岡県久留米市出身の59歳。

長崎県の短期大学を卒業後、後に日本航空と経営統合する日本エアシステムの前身、東亜国内航空に客室乗務員として入社した。
入社したのは1985年。その夏に起きたのが、乗員乗客520人が犠牲となった御巣鷹山の日航ジャンボ機墜落事故だった。
航空業界に身を置いて間もない時期に起きた日本の航空史に残る事故は、その後の鳥取社長の業務に対する考え方を決定づけたと言う。
日本航空 鳥取三津子社長
「安全というものは、航空の事業目的そのものだ。安全が成立しなければ事業が成り立たない。社員には常に『日本航空グループで働く以上、どんな仕事も安全につながっている』ということを伝えている」
Q 事故当時を知る現役の社員は全体の1%に満たない。その教訓を次世代にどう継承していくのか?
鳥取三津子社長
「私たちが大切にしているのは現地・現物・現人(げんにん)の『3現主義』だ。現地とは実際に御巣鷹山に行くこと。現物とは事故を教訓に設置した『安全啓発センター』に保存している事故機に触れて事故を実感すること。そして現人とは、実際に事故に関わった方々の話を伺うことだ。報道や本で事実を知ったり、間接的に事故の話を聞いたりしただけではリアリティがないと思うが、じかに自分の五感で確認をして知ることで一人一人の心に刻まれる。そこを大事にしていきたいと思っている」

安全への取り組み 羽田での事故対応

鳥取社長は日本航空と日本エアシステムの統合後、2019年に「客室安全推進部長」に就任。

2020年に執行役員に昇格し、去年6月からは代表取締役としてグループCCO=最高顧客責任者として顧客サービス全般の責任者を務めた。

こうした中、ことし正月早々に発生したのが、羽田空港での海上保安庁機との衝突・炎上事故だ。
テレビを通して映像を目にした誰しもが息をのむほどの勢いで機体が燃え上がる中、12人の乗務員は乗客367人全員を無事に避難させることができた。
鳥取三津子社長
「乗務員の思いを代弁すれば、それはまさに『使命感そのもの』ということだと思う。実は、あの機体に搭乗していた客室乗務員の半分弱は、仕事を始めて数か月しかたっていない若いスタッフだった。怖さもあったとは思うが、その中でも自分の使命感を感じて対応してくれたのだと誇りに思う。もちろん、お客様のご協力がなかったらあそこまで順調な避難は実現できなかったと思うので、お客様にも感謝をしている。
われわれは日々の避難の訓練に加えて、訓練に基づいて『なんらかのトラブルが起こったら、どういうことをお客様にご案内するのか』『このドアが使えるのかどうか』など、どう判断すべきかというシミュレーションは毎便、毎便、必ず離着陸の際に行っており、こうした積み重ねがあったので、今回もすぐに行動に移すことができたのではないか」

多様性を強みに

経営統合した会社の客室乗務員出身という経歴を持つ鳥取社長が、これから会社を率いていく上で強みだと感じているのが「多様性」と「現場で培った経験」だという。
Q ことし1月の社長就任発表時の会見では、日本航空と日本エアシステムの経営統合について「当時は個人的な苦労もあった」と語っていたが、どういった苦労があった?
鳥取三津子社長
「日本航空は国際線からはじまった会社で、私の出身母体である東亜国内航空は国内線メインの会社だったので当然、機種も違うし、路線も違う。さらに、日常的に使う業務用語も異なっていたので、そういった点を一つ一つあわせていくという点では非常に苦労をした。一方で、そういったことを乗り越えていろいろな人がさまざまな考えを持って一緒に仕事をするという意味では『多様性』という点で非常に勉強になった。今の世の中の流れの中で多様性が重要だとされているが、そこは、われわれの※ESG戦略にも非常にいきると思う」(※E=環境、S=社会、G=企業統治)
「客室乗務員として常に現場のリスクと隣り合わせにいたという意味でリスク管理が私の強みだと思っている。また、さまざまな年齢層がいる客室乗務員のマネジメントも現場で行ってきた。さらに、昨年度はカスタマーエクスペリエンス(顧客体験)本部という、乗客にすばらしい価値や体験を提供する、よりお客様に近い仕事もしてきており、その強みを生かせるのではないかと思っている」

経営をどう担う

コロナ禍でかつてない打撃を受けた航空業界は回復が鮮明で、日本航空もことし3月期の決算では、最終利益が前年度の2.3倍に増えるという見通しを立てている。

一方で空港の地上勤務を担う「グランドハンドリング」と言われるスタッフをはじめとする人手不足は続いている。

また、世界的な課題である脱炭素社会の実現に向けては、CO2の排出量の多い飛行機を使うことに対して恥ずかしいという意味の「飛び恥」という言葉も生まれるなど、難しい課題への対応に迫られている。
鳥取三津子社長
「航空業界は環境問題や人材不足など大きな課題がたくさんある。ただ、課題が大きくなればなるほど個社では解決できない課題が多い。SAF(廃油などで作る航空燃料)の増産・活用をはじめとする環境対応、人材育成などについては、業界の中で一緒に協力したり、時には業界を超えたりするような形で解決しなくてはならない。そこはしっかり協力しながら社会に役立つような解決ができるよう進めていきたい」
Q 経営でもチームワーク重視か?
鳥取三津子社長
「社長就任にあたって、副社長2人のうち1人がコーポレート(会社の管理部門)を監修し、もう1人が顧客部門を監修するという体制に改めた。そのねらいは、関係する役員が事業別の縦割りではなくて『横ぐしをさす』ことを大切にしながら早い段階でコミュニケーションをとることだ。それによって、より早く経営課題の解決に結び付けることができると考えている。もちろん、トップダウンで決めなければならないこともあるが、一方で、しっかり議論を重ねた上で、より良い決断・判断に結び付けたいと思っている。そこはケースバイケースでやっていきたい」

“らしさ”どう出すか

取材では、一つ一つ言葉を丁寧に選びながら落ち着いて話をする姿が印象的だったが、安全に関する質問に対しては語気がいくぶん強くなり、思いの強さを感じた。

航空業界の先行きは必ずしも楽観視できる状況ではない。

国際線はコロナ禍からの正常化が進むにつれ競争の激化が見込まれるほか、国内線も生活スタイルが変化する中でビジネス需要の回復が遅れている。

異色のキャリアに注目が集まってきた鳥取新社長だが、どのように“らしさ”を発揮し、組織をまとめ上げていくのか。これから真価が問われることになる。

(4月25日「おはよう日本」で放送)
経済部記者
樽野 章
2012年入局
福島局を経て2020年から現所属
国土交通省を担当